2019/10/29
今回の中国陽明学ツアーを
振り返ってみます。
車が溢れかえり駐車スペースがなくなり
車道と歩道の区別がつかない道路、
五つ星ホテルのフロントマンにも
笑顔がないのも中国・・
しかし、隋や唐の時代
(さらに昔の卑弥呼が使者を派遣した
時代のそのまた昔)から、
日本の先人たちが、
尊敬し学び続けてきたのと同様に、
現代の中国にも、
尊敬すべき素晴らしい人たちがいました。
今回のツアーでは、私たちがニュースで
見聞きする中国ではない、
本当の中国を、ほんの少しだけ
体感することができました。
日本は常に西を向いて学び続けていたのに、
この150年間だけは、東を向いているなと思いました。
そして、陽明心学をベースに、
中国で掃除道を実践しようとする方、
今回大変お世話になった方の
お姿を見て気づきました。
日本は、これまで積み上げてきた、
無くしてはいけないものを
無くしてしまおうとする時代にいる。
その素晴らしさに気づかずに
捨ててしまおうとする自分達がいる。
それが世の中の流れであると。
私たちは、無くしてはいけないものを
守る必要があります。
盛和塾稲盛和夫塾長の言葉で
「手の切れる製品」
(完全主義を貫き
「手の切れるほど研ぎ澄まされた
パーフェクトな製品を作る。」)
というものがあります。
今回、揚州で頂いた料理は、
まさに、手の切れる料理。
包丁の入れ方には、
一切の妥協がなかった。
きゅうりも、人参も、豆腐を干したものも、
均一で、細かく包丁が入っていました。
おもてなしの心は、利他の精神の現れですが、
膨大な食材を調理する
単純作業の中での包丁捌きには、
自己の弱き心を克服する自己対話、
無心の境地が現れていたと感じました。
それは、掃除道に繋がる
無心の境地に繋がっていると思います。
そして店員さんは、
とても自然な笑顔で接客してくれました。
今回の驚くような
中国の方々からのおもてなしは、
難波先生への敬意が
第一義であったでしょうが、
我々のような社労士までも、
あのように迎えてくれたのは、
中国では、政治情勢により、
表舞台から消えてしまった
陽明心学の火を
日本で灯し続けてこられた
岡田武彦先生をはじめ、
33年前に陽明先生のお墓の修復に
寄与された日本の方々への
お礼だったと思います。
対して、岡田武彦先生ご一行の行動は、
それまで日本に対して、
仏教、思想・哲学、法律、社会の仕組みなどなど
数えきれないものを日本に
もたらしてくれた、
そして陽明心学を生んでくれた
中国へのお礼だったと思います。
感謝の念は、日本から懇願して招聘し、
五度失敗したにもかかわらず、
命を賭して六度目に渡日された
鑑真和上に対する感謝を含めて
我々日本人に脈々と続いています。
今回、私たちは陽明先生の
お墓の下にある石碑に刻まれた
日本の方々が受けるべきものを、
代わりに受けました。
今度は、私たちが返す番であると思います。
返す方法は、直接でなくても良いはずです。
中国には素晴らしい人たちがいることを伝え、
陽明先生の教えを実践し
日本で広めていく。
そんなお礼の方法もあると思います。
伝教大師最澄の師である
唐の僧が記した著にあるように、
「一隅を照らす」で良いと思います。
同じ月を見ている。
無くしてはいけないもののために
行動するのは、人類のため。
すがすがしい気持ちになりました。
ありがとうございます。